30代後半男の惑い

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やっぱり今も

週末に帰省した際に祖父の家にお邪魔した。
いつもは挨拶程度で長居はしないのだけど、お寿司を持っていったので
食べながらテレビを見ていると、高校時代の出来事を思い出した。

当時、ばあちゃんも健在だったのだけど、その日はなぜかじいちゃんだけが部屋にいて、
借りてきたビデオを見始めるところだった。
じいちゃんが一緒に観るか?といい、ビデオが始まった。

その映画はいかがわしい雰囲気に満ちており、随所にエロティックなシーンが登場した。
屋根裏を歩き回る男が部屋を覗きまくるのだ。
見るのが気恥ずかしくて、30分もしないうちに私は用事ができたといってじいちゃんの家を後にした。
高校生の私にはその映画は「とにかくすげーエロい!」という印象であった。
大人になって知った語彙を用いるならばそれは官能的、であるとか淫靡な、とかそういう言葉が相応しい映画であった。

で、現在私はオトナである。
駅伝を眺めているじいちゃんの横顔を見て、その映画のことを思い出した私は、当時エロイと思った映画が果たして今観てどう感じるだろうか?とどうでもいいことを考えていた。

先日の記事にした、ツタヤで借りた邦画とはこの映画のことを指していたのはいうまでもない。
映画のタイトルもわからないし見つかるかなぁと不安だったが、あっさりと見つかった。
江戸川乱歩 「屋根裏の散歩者」という映画だった。

観た感想は、エロい。相当にエロい。
20年経ってもエロいものはエロい。安心した。
じいちゃんはよくこんな映画を高校生の孫に一緒に観ようと勧めたもんだ。
それにしても当時すでに60歳を超えていたじいちゃんおそるべし、である。


そういえば今はテレビ局の規制が厳しくなって、2時間ドラマとかでも
いわゆる濡れ場がなくなった。
私が子供の頃は両親とテレビを見ているとそういうシーンが出てきて
気まずい思いをよくしたものだ。

むっつりスケベなじいちゃんとは対照的だったのはばあちゃんだ。
3世代家族団らんの最中にテレビで濡れ場がやってきたときに言った。
「おーおーおー!人が真剣に見てるのによぉ!」
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by bingolgo | 2008-01-23 00:31

半額クーポンお持ちですか?

ツタヤにドラえもんを借りにいくとレンタル半額キャンペーンをやっていた。
ツタヤオンライン会員だけが利用できるクーポンである。
レジで携帯の画面を提示しクーポンを表示することが半額の条件になる、あれだ。
私はこの会員に登録していたのだけど、メールアドレスを変更した際に変更手続きをしていなかったのでお知らせメールが届かなくなっていた。
せっかくだからこの機会に登録しなおそうと思い、店の端っこでセコセコと必要事項を入力して登録した。
クーポン画面を提示して、ドラえもん2本、九九の勉強DVD、洋画と邦画、計5本をレンタルした。865円であった。
隣のレジでお客さんに店員が聞く。「半額クーポンお持ちですか?」

初老の男性は答える。「いえ、持ってません。」
店員はそのまま、ピッとバーコードを通し、350円ですと言った。
私のとき、店員は携帯画面を確認しただけで、一本ずつ半額にしていった。
つまり、クーポンを機械に通すのではなくて店員による目視確認だけで1730円が865円になるサービスということだ。

なんだかなぁ、と思う。
確かに携帯でわざわざツタヤにアクセスして会員登録を行い、クーポンの画面にたどり着く、という作業をするからこそ半額になるのだけれど、このクーポンの目的は「半額だから借りにきてくださいよ」ということだと考えると、メールを見て知った人も知らずに借りにきた人も半額にしたらいいのにと思う。
会員の人にもオンラインクーポンにアクセスしなきゃだめみたいな制限を設けずに半額であることを伝える趣旨のメールを配信して来店してもらえればそれでいいのではないかと思う。

ツタヤに限らず、マクドナルドとかミスドとかクーポンで客寄せをする店に何も持たずに入って買うとなんだか損をしてしまっているのではないかといつも思う。
正しくは損をするのではなく、得をしていない、なのだが。

安いから来た人も、通常料金でも気にせずに来た人も、どちらもお店にとっては大切なお客さんだと思うのだけど、むしろ知らずに来る人のほうがお店にとってはいいお客さんなのではないか。

メールやちらしでは“お知らせ”、
偶然来た人は店に入って“オッ?!”と思う。
そんなサービスをぜひしてもらいたいものだと思う。
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by bingolgo | 2008-01-20 18:54

運命のゴング!

営業の仕事をしているとプレゼンをする機会がよくある。
自分が理解している内容だと、それは軽い緊張は伴うが、問題なく行うことができる。
今日のプレゼンは非常に厳しい状況で行うことになっていた。

1.私の担当先の中でも最も厳しい人々を対象に行わなければならない。
2.このプレゼン次第で今後の展開が大きく変わる。
3.プレゼンする本人がその内容を理解できていない。

最大の問題は3、だ。
分かっていない人が分かっていない人に説明するのである。
考えるだけで汗が出てくる
急遽日程が決まったために、本来プレゼンすべき社内の専門家の都合がつかなかった。
金曜日に決定、連休明けの火曜日に開催という急展開であったので、勉強しようにも相談ができない。
この連休は子供と凧あげをして喜んでいる場合ではなかったのだ。
最終日は出社し、必死で勉強した。なんとか形になるくらいには仕上げることができた。
そして今日を迎えた。
出社して専門家に相談すると、新しい資料をどんどん送ってくる。
その内容もまたしても理解できなかった。
近年にないプレッシャーを感じつつ、プレゼン資料作成を続け、そして時間が近づいてきた。
このときの私の心境はK1デビュー戦でボブサップと戦う新人ファイターの気分に近い。
やられてもいいから、とにかく早く終わってくれ!という感じである。

そして、運命のゴング!カーーーン!


プレゼンを始めるまでは心臓が痛くなるようなプレッシャーだったのに、
話し出した途端、「ここで話し終えたらこのプレッシャーからやっと解放されるんだ」と思うと
頭の中で絡まっていた筋書きがきれいに整理されて話をすすめることができ、質疑応答でも多くの質問をいただいたが、迷うことなく回答することができた。
新人ファイターはKOを免れた安堵感につつまれてリングを降りた。

巨人軍の長嶋元監督がどこかのCMで語っていた、
「プレッシャーは恐れてはいけない、プレッシャーを楽しむことですよ」
確かに精神的苦痛を伴うけれど、自分の限界の閾値を高めるためには自分自身に負荷をかける仕事をしていかないと成長が止まってしまうかもしれない。

こういう話は終わったからこそ、できるものだけど。
こういう疲れなら時々あったほうがいいと実感。
今日は早く寝よう。
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by bingolgo | 2008-01-15 22:53

ゲイラ2号

昨日は幼稚園の参観日で、通例では親子で凧作りをするはずだったが、
残念なことに、今年から凧作りは年長さんだけに変更されていた。
年中の息子は失意の中で福笑いを作成していた。
ということで、今日は自宅で親子凧作りを行った。
30代後半世代にとっては凧といえばゲイラカイトである。
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大きな目をした戦闘機のような姿で、
垂直に浮上していく勇ましい姿に夢中になったものだ。
子供の頃はゲイラは買わずに自作していたので記憶を頼りに作成した。
10分ほどでゲイラ1号の誕生である。

さっそく公園に向かい、初飛行を試みた。

ガガガガガッ!と上昇。

ガガガガガッ!と墜落。

ゲイラカイトの墜落していく姿は潔い。
ヤワな作りだと一発で再起不能なほどのダメージを受ける。
この一撃で我らは撤退を余儀なくされた。

少し乱暴に作りすぎてしまったと反省をし、ゲイラ2号の作成を開始した。
1号の飛行を見て、失敗した理由もなんとなくわかった。
今度は丁寧に作成することにした。
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45Lのゴミ袋をカッターで斜めに切り、広げるとシンプルなゲイラカイトの誕生だ。
子供達が好きにお絵かき。一応、顔を書いてね、と言っておいたのだけど、新年の挨拶まである丁寧な顔が出来上がった。
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両サイドと真ん中に工作用のバルサ剤をテープ付けする。
ポイントは両サイドのバルサ剤と連結させる左右に止める添え木だ。
平行に止めないと飛ぶときにバランスを崩してしまう。
最後にたこ糸をつなぐ部分を貼り付けてゲイラ2号は完成した。
糸を結び、左右のバランスを確認するが、今度は水平に停止した。
これは成功だ、と確信する。

家族総出で近所の公園へ向かう。
私が試しに飛ばしてみると、完璧とはいかないものの、空高くゲイラ2号は離陸していった。
子供が順番に飛ばす。
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「飛んだよ!飛んだー!」と歓声があがる。

今度は私が子供達の姿を写真に撮ろうと思い、凧揚げ役を嫁さんに託した。
カメラの設定を行っている間に嫁子は移動していった。
私はカメラのモニターに映る子供しか見ていない。

娘が揚げる番だった。娘が走りだす。ゲイラ2号はザザザッ!と浮上していった。
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この写真がゲイラ2号の最期の元気な姿となった。
旋回したゲイラ2号は写真に写る樹木に激突し、短い生涯を終えた。

なぜに嫁さんはわざわざ公園の隅から凧を揚げさすのだろうか。
ゲイラ2号撃沈が発端となって、戦闘機なき、我が家の戦争が始まった。
只今、夕食時間につき停戦中である。
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by bingolgo | 2008-01-13 19:04 | 子供

夢の世界を

先日の記事で子供の頃の暗黒時代について触れたことがきっかけで、ある歌をとても聴きたい衝動に駆られていた。
その歌は曲名も、歌詞の一部さえもわからないために、“探している曲リスト”の中でも迷宮入りしていて、それでいて最も探している歌だった。

小学校時代、楽しく遊ぶ友達はたくさんいたが、一番の友達と思っていたのは、愛犬の初代チビだった。家の中にいるのが不安だったり嫌だったとき、いつも私はチビの横に行き、長い間そこにいた。飼い主にさえも噛み付くことのある凶暴な柴犬だったが、私にだけはなついてくれていた可愛い犬だった。

中学校に入学してまもなく、チビはフィラリアという病気に罹った。このままでは数ヶ月で死んでしまうと獣医に言われた。手術をすれば助かるかもしれないとも言われたのだけど、高額な費用が必要となるため、親は寿命だと思ってあきらめなさい、と言った。

チビは日々弱っていった。私は歩けなくなったチビを抱きかかえて散歩に行った。
その時に音楽の授業で歌っていた歌を、替え歌にしてチビに歌っていた。
習いたての、文法も滅茶苦茶な英語の歌にして。

I have very dear dog. he is on my heart's dog.
I have very dear dog. he is on my heart's dog.
Oh poor my dog.come back my dog poor my Chibi.
Oh poor my dog.come back my dog poor my Chibi.

単純で恥ずかしいレベルの英語なのだけど、当時の私には精一杯の気持ちを込めた歌だった。

曲名は覚えていない。
歌詞も私バージョンは完璧に覚えていても原曲の歌詞は全く思い出せない。
中学校で聴いて以来、耳にしたことがない歌だったので探しようがない歌なのだ。
今まではあきらめ続けてきたけれど、あの時の自分に再会したい思いが強く、「中学校の歌」で検索、表示された大量の歌を順番に試聴していった。


ある曲の前奏が流れた時に鳥肌が立った。
歌がはじまると、時間が止まった。
悲しくないのに涙が溢れてきたので目をつぶると、
目の前にチビと子供の私が浮かんできた。
チビはイメージしていたより、明るい茶色をしている。
少年の私は不安そうな表情をしているかと思いきや、思いのほか頼もしい表情をしている。

チビの毛並み、私とチビがいる場所は、もう忘れてしまっていたはずの詳細な描写で、当時目にしていたまさにそのままであった。
不安や孤独だった毎日ばかり印象に残っていたけれど、それでも逞しく生きている私の顔を見てホッとした。
長い間もやもやとしていたわだかまりのようなものがすーっと消えていくのを感じた。

探し求めていたこの歌は、「夢の世界を」という。
つかの間の夢の世界へ導いてくれた、本当に夢のような歌だった。
安心して、現実の世界へ戻ってこれた。
もう、夢の世界へ行くこともないだろう。



追伸:当時の私があまりにもチビのそばから離れなくなったので、親は手術を受けることを決意して、チビはその後5年生きていてくれました。

何十年経っても素晴らしい歌です。よろしければMIDIを試聴してみてください。

J-研:湖城彩芽さん作
山の音楽アルバム(歌詞つき)
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by bingolgo | 2008-01-09 23:27 | 惑い

末吉スタート 2008

車で出勤途中にラジオで「占いを信じるか?」というアンケート結果を発表していた。
結果は、
信じる : 30%
結果によっては信じる : 40%
信じない : 30%
と、なっていた。

私なら「信じない」だな、と思った。
そもそも占いそのものに興味がない人間だ。

会社に全員出社したところで、ボスが「仕事始めやから近所の神社にお参りにいこか?」と提案した。
我々一行は徒歩5分のところにある神社に向かった。
お参りをした後で、誰かがおみくじを引くと、皆同じように引き始めた。
私はどうでもよかったのだけど、全員一丸となりお参りしている中で一人だけ冷めた目で見ているのも何だし、と思いおみくじを引いてみた。

末吉、である。
さえない感じだ。むしろ凶を引けたほうがパンチが効いてるのに、と思いながら、末吉の内容に目をやると、思いのほか辛らつなことが書いてある。

仕事:誰かに陥れられて全く思うようにいきません。
待ち人:来ません。待つだけ無駄です。
健康:これからだんだん悪くなります。
旅行:怪我や事故の元です。遠くへいってはいけません。
お金:何をやっても失敗します。

末吉:今年は何事も控えめにして時が去るのを待ちましょう。


末の吉にしてもどこに吉らしきものがあるのだろうか。
こんなこと書かれたら気にしないほうがおかしい。
結果によっては信じてしまうではないか。

よく考えたら、あのアンケートは初詣でおみくじを引いている人に質問していたのだった。
「信じない」と答えた人は何を思っておみくじを引いたのだろうか。

控えめにせずに自力でいい年にすることを決意した神社からの帰り道。
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by bingolgo | 2008-01-08 00:27

空白の期間

いつものように家族より先に自宅に戻ってきた私は、休日を悪友ガウチと過ごしている。
昨日と今日の夕食はモアイ像みたいな男を目の前にして食べた。

ガウチは小学校から友達なので、昔話の話題になることもよくある。
ところが、小・中学校時代の話題の多くを私は覚えていないのだ。
私が単に忘れっぽいのかというと、そうでもない。
幼稚園時代やその更に前の時期のことははっきり覚えているのに、小学校後半~中学時代の期間に空白の時期があるのだ。

不思議なことに、その期間は私の母親も同様に空白の期間だった。
父親の振る昔話に「さっぱり覚えていない」と言う。

「思い出したくもないから忘れた」と。

その時期は我が家の暗黒時代であった。
両親の仲が最悪だったのだ。家にいるのが嫌で仕方なかった。
子供心にも嫌~な暗~い感じを抱いていた。
その期間の出来事を思い出そうとしてもすっぽりと抜け落ちている感じなのだ。

トラウマを残さないための無意識な強制消去機能が働いた結果なのだと思うけど、一緒に何か大切なものも忘れてしまったような気がしている。
その時期に私の“影”の部分が育成されたのだろう。

子供時代の家庭環境は大切だと、つくづく思う。
我が子には暗黒時代を経験させないようにしっかりせねば。
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by bingolgo | 2008-01-05 00:55

心の中にずっと咲いている花

年末年始、大阪へ帰省した際に、かつて住んでいた2ヶ所の懐かしい場所を訪れた。
和歌山市と阪急淡路。
和歌山には就職して配属されて9年間住んでいた。
淡路は祖母、そして母の実家。子供の頃は休みの度に遊びにいき、大学時代は一時期ここから通っていた。
どちらも街の様子がパッと頭に浮かぶ、思い出多き場所だ。
私はEOS kissで懐かしい場所を片っ端から記録に残すつもりでいた。

わくわくしながら、和歌山へ向かった。
ところが、和歌山に到着すると、懐かしい思いはこみ上げてくるけれど、カメラにその風景を残す気分になれない。
せっかく来たのだから撮らなきゃ、と思いカメラを構えてみても、シャッターが押せない。
結局、何でもないような風景を2、3枚撮っただけだった。

大晦日に淡路へ。
阪急電車に乗り、淡路駅に降り立つと昔のまんまの風景とこの街のにおいが広がっている。
自分と一緒に嫁さんや子供がいることが不思議に思えてくる。
10代の自分にタイムスリップした気がした。
商店街の入り口でカメラを構えるがやはり、撮れない。
あきらめて人混みをかきわけながら歩いていく。
同じ場所に同じ店が、昔と同じように、ある。
ところどころ新しいお店に変わっているが、印象に残っているお店は昔のままだ。

商店街の出口にたこ焼き屋がある。
昔はよくここでたこ焼きを買って帰った。
たこ焼き屋のおばさんと目があった。
おばさん、は、おばあさんになっていた。

そのとき、何故写真が撮れなかったのかが判った。
シャッターを押せるのはかつての私だけなのだ。


淡路に向かうときに目にしたJRの車内広告。
そこには『京の冬の旅』キャンペーンで、池坊由紀さんが写っていた。

心の中に、ずっと咲いている花。
京都というところは、数週間のはかない美しさを
永遠の美しさにしてしまうのです。



心の中に、ずっと咲いている花。
きっと、これから先も新しい花が咲く。
古い花も新しい花も、心の中ではずっと色褪せない。

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by bingolgo | 2008-01-02 22:12 | 惑い
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Welcome to my life!


by bingolgo
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