30代後半男の惑い

bingolgo.exblog.jp ブログトップ

カテゴリ:惑い( 14 )

おまけの人生

FMローカル番組に地元のトリマーの女性がゲスト出演して、動物との関わりについて語っていた。出演されたトリマーの女性はカリスマトリマーというわけではなく、ごく普通に仕事をされている人なので、番組の趣旨はその人へのインタビューというよりは、トリマーという仕事について話を伺うという感じで番組が進んでいた。

ところが、DJの方がトリマーの道へ進もうと思ったきっかけについて質問したときに、その人は意外な言葉を口にした。

「私の人生は30で終わるはずだったんです。」

20代の彼女は闘病生活を送っていた。いわゆる不治の病で、医者からは30までしか生きられないだろうと言われていたそうだ。
彼女自身もそのことを受け入れていて、いつか命が終わる日がくるのを覚悟していた。

29歳のある日、主治医が彼女に言った。
「もしかしたら病気が治ったかもしれん」

彼女は戸惑ったが、それは未来がある戸惑いだった。
たくさんの時間ができた。これから何をしよう。
何のとりえもない自分に気付き、これからはしたいことをしようと決めた。
“おまけの人生”だからやりたいことを仕事にしよう。
そう思い、大好きな犬に関わる仕事をしたいと思い、30年前の当時はまだ名前さえも認知されていなかったトリマーという仕事を選んだ。


この話を聞き、“おまけの人生”の意味について考えた。
私もこれから先がおまけの人生だとしたら、好きなことをしたいと思う。
だが、“おまけじゃない人生”と“おまけの人生”の区切りはどこにあるのだろう。
彼女の場合はある出来事がきっかけで自分の中で区切りができたのだが、実際のところは昔も今も同じように時間は進み、世の中は何も変わっていない。
変わったのは自分の意識だけだろう。

今、したいことをできているか。
やりたいことに手をかけているか。
何を失えば、続きはおまけの人生と思えるのだろうか。
果たして失うものそのものがあるのだろうか。
どうしたら、今がすでにおまけの人生と思えるだろうか。
漠然とした疑問が頭の中をぐるぐると回る。


答えが分かる人も分からない人もクリック募金へ
[PR]
by bingolgo | 2008-04-16 00:15 | 惑い

夢の世界を

先日の記事で子供の頃の暗黒時代について触れたことがきっかけで、ある歌をとても聴きたい衝動に駆られていた。
その歌は曲名も、歌詞の一部さえもわからないために、“探している曲リスト”の中でも迷宮入りしていて、それでいて最も探している歌だった。

小学校時代、楽しく遊ぶ友達はたくさんいたが、一番の友達と思っていたのは、愛犬の初代チビだった。家の中にいるのが不安だったり嫌だったとき、いつも私はチビの横に行き、長い間そこにいた。飼い主にさえも噛み付くことのある凶暴な柴犬だったが、私にだけはなついてくれていた可愛い犬だった。

中学校に入学してまもなく、チビはフィラリアという病気に罹った。このままでは数ヶ月で死んでしまうと獣医に言われた。手術をすれば助かるかもしれないとも言われたのだけど、高額な費用が必要となるため、親は寿命だと思ってあきらめなさい、と言った。

チビは日々弱っていった。私は歩けなくなったチビを抱きかかえて散歩に行った。
その時に音楽の授業で歌っていた歌を、替え歌にしてチビに歌っていた。
習いたての、文法も滅茶苦茶な英語の歌にして。

I have very dear dog. he is on my heart's dog.
I have very dear dog. he is on my heart's dog.
Oh poor my dog.come back my dog poor my Chibi.
Oh poor my dog.come back my dog poor my Chibi.

単純で恥ずかしいレベルの英語なのだけど、当時の私には精一杯の気持ちを込めた歌だった。

曲名は覚えていない。
歌詞も私バージョンは完璧に覚えていても原曲の歌詞は全く思い出せない。
中学校で聴いて以来、耳にしたことがない歌だったので探しようがない歌なのだ。
今まではあきらめ続けてきたけれど、あの時の自分に再会したい思いが強く、「中学校の歌」で検索、表示された大量の歌を順番に試聴していった。


ある曲の前奏が流れた時に鳥肌が立った。
歌がはじまると、時間が止まった。
悲しくないのに涙が溢れてきたので目をつぶると、
目の前にチビと子供の私が浮かんできた。
チビはイメージしていたより、明るい茶色をしている。
少年の私は不安そうな表情をしているかと思いきや、思いのほか頼もしい表情をしている。

チビの毛並み、私とチビがいる場所は、もう忘れてしまっていたはずの詳細な描写で、当時目にしていたまさにそのままであった。
不安や孤独だった毎日ばかり印象に残っていたけれど、それでも逞しく生きている私の顔を見てホッとした。
長い間もやもやとしていたわだかまりのようなものがすーっと消えていくのを感じた。

探し求めていたこの歌は、「夢の世界を」という。
つかの間の夢の世界へ導いてくれた、本当に夢のような歌だった。
安心して、現実の世界へ戻ってこれた。
もう、夢の世界へ行くこともないだろう。



追伸:当時の私があまりにもチビのそばから離れなくなったので、親は手術を受けることを決意して、チビはその後5年生きていてくれました。

何十年経っても素晴らしい歌です。よろしければMIDIを試聴してみてください。

J-研:湖城彩芽さん作
山の音楽アルバム(歌詞つき)
[PR]
by bingolgo | 2008-01-09 23:27 | 惑い

心の中にずっと咲いている花

年末年始、大阪へ帰省した際に、かつて住んでいた2ヶ所の懐かしい場所を訪れた。
和歌山市と阪急淡路。
和歌山には就職して配属されて9年間住んでいた。
淡路は祖母、そして母の実家。子供の頃は休みの度に遊びにいき、大学時代は一時期ここから通っていた。
どちらも街の様子がパッと頭に浮かぶ、思い出多き場所だ。
私はEOS kissで懐かしい場所を片っ端から記録に残すつもりでいた。

わくわくしながら、和歌山へ向かった。
ところが、和歌山に到着すると、懐かしい思いはこみ上げてくるけれど、カメラにその風景を残す気分になれない。
せっかく来たのだから撮らなきゃ、と思いカメラを構えてみても、シャッターが押せない。
結局、何でもないような風景を2、3枚撮っただけだった。

大晦日に淡路へ。
阪急電車に乗り、淡路駅に降り立つと昔のまんまの風景とこの街のにおいが広がっている。
自分と一緒に嫁さんや子供がいることが不思議に思えてくる。
10代の自分にタイムスリップした気がした。
商店街の入り口でカメラを構えるがやはり、撮れない。
あきらめて人混みをかきわけながら歩いていく。
同じ場所に同じ店が、昔と同じように、ある。
ところどころ新しいお店に変わっているが、印象に残っているお店は昔のままだ。

商店街の出口にたこ焼き屋がある。
昔はよくここでたこ焼きを買って帰った。
たこ焼き屋のおばさんと目があった。
おばさん、は、おばあさんになっていた。

そのとき、何故写真が撮れなかったのかが判った。
シャッターを押せるのはかつての私だけなのだ。


淡路に向かうときに目にしたJRの車内広告。
そこには『京の冬の旅』キャンペーンで、池坊由紀さんが写っていた。

心の中に、ずっと咲いている花。
京都というところは、数週間のはかない美しさを
永遠の美しさにしてしまうのです。



心の中に、ずっと咲いている花。
きっと、これから先も新しい花が咲く。
古い花も新しい花も、心の中ではずっと色褪せない。

押していただけると励みになります
web拍手を送る

[PR]
by bingolgo | 2008-01-02 22:12 | 惑い

突然のテレビ出演

朝、ガソリンを入れようとセルフのガススタに立ち寄ると、車の先客はなかったが、カメラを持った人とマイクを持った人がいた。
2人は私の姿を見るとダッシュでこちらにやってきて、「山陽放送です。給油しているところを撮らせてください!」と言った。
返事をする以前にもうカメラが回っていた。
顔のすぐそばから映したり、タイヤの横から見上げるアングルへ移動したりと、私は好きなように撮影された。
至近距離でカメラを回される経験は初めてだが、かなりのプレッシャーだ。
どういう表情をすればいいのだろうか?給油メーターをひたすら見つめてシリアスな顔をつくろうとするのだが、こんなときに限ってここで「そんなの関係ねぇ!」とかやったらどうなるかな?なんてアホな考えが浮かんでしまい、微妙な表情を保つことになった。

給油を終えると今度はマイクを向けられ、「ガソリン価格が高騰していますが、何かご意見は?!」と質問された。
この人たち、唐突だ。

「あの・・・これってテレビで放映されるんですか?」
「はい、そのつもりです!」
「あ・・・勤務時間中なんでマズイんですけど・・」

「勤務中でも給油は大丈夫ですよっ!」と押し切られる。
ガソリン代高騰に対する自衛策は何かとっているか、これ以上値段が上がったらどうするか?等のインタビューが続いた。
しかし、咄嗟の質問にはうまく答えられないものである。
気の利いた答えも言えなかったし、カットされてればいいなぁと願っていたが、夕方のニュースに出ていたと嫁さんから報告があった。
やれやれ。

岡山は12月から8円上がるらしい。
大げさに驚いたらそこが放送されていた。
[PR]
by bingolgo | 2007-11-30 01:07 | 惑い

幸せは相対的

会社で同僚の愚痴を聞いていて幸せって相対的なものだなと思った。
後輩は大きな買い物をしたため、夕食を抜いてるにもかかわらず、生活費がピンチであることが辛いという。
先輩は、将来の嫁さん候補とデートをしてもいまいち気に入らないことが続いていることが虚しいという。

食べ物がなく、生きるか死ぬかの生活をしている人にとっては、目の前に食べられるものがあればそれで幸せを感じるだろうし、デートさえするチャンスがない人にとっては誰かと一緒に時間を共有できればそれだけで幸せを感じるだろう。

逆に株式市場で何億というお金を動かしている人にとっては100万の儲けでさえ、ありがたみを感じないかもしれないし、絶世の美男子であればラブレターが100通届いても嬉しくないかもしれない。

その時その時の自分の環境次第で幸せの基準は違う。
人間は欲深い生き物なので、もっと幸せになりたいと願う。
自分が不幸せだと感じるときは必ず原因は自分にある。
自分が幸せだと感じるときは原因は自分以外の人やものにあることが多い。

自分と自分以外のすべてとの間で幸せは相対的に揺れている。
[PR]
by bingolgo | 2007-06-15 00:55 | 惑い

泡粒の発生


 ヘンリー・ルコノか、とオレは呟いたがすぐに自分の中に泡粒が発生したのがよくわかった。その泡粒は男だったら小さな頃に毎日のように経験しているものだ。興奮の予兆とでもいえばいいだろうか、昔はただ原っぱに向かうだけでそれがからだ中を駆け巡った。中学校の後半くらいから泡粒の源として女がその主流となり、原っぱの感覚はどんどん希薄になっていく。

~368Y Par4 第2打:村上 龍~より抜粋

泡粒について書かれたこの一文を読み返したくて、村上龍の小説を本棚から取り出した。
ここのところずっと、自分の中で求め探している懐かしい感覚が何なのだろうかと考えていたのだけど、それが彼の言う“泡粒の発生”であることに気付いたのだ。

自分をわくわくさせてくれるものに向かっていくときに大量にからだの中から発生する泡の粒。
生理学的に言うならばアドレナリンかもしれないが、子供の頃は生活の中に泡粒発生の対象がたくさんあった。

大人になるにつれ、泡粒発生の対象が少なくなり、そして泡粒が発生しなくなる。
無意識のうちに“泡粒産生欠乏症”に罹っていた自分に自らがSOSを発していたのだろう。
泡粒だらけだった頃の自分にリンクする事柄に強く心を惹かれる。
頭の中で当時の自分と再会しているうちに、また泡の粒がつくられていくのを感じるようになった。

世の中は広く、知らないことだらけなのは昔も今も変わらない。
泡粒の発生対象は無限にあるのだ。

以前、祖母と旅行したときに、車窓から見える景色が祖母と私で全く違うことに驚いたことがある。
同じものを見ていても見えるもの~見たいと思っているもの、というべきだろうか~、が全く違うのだ。
見えていないものの中に新しい発見がある。
見えているのに見えないものをたくさん見つけたい。

明日、SEOULに降り立ったときに大量の泡粒が発生する予感がする。


f0117111_2135429.jpg


村上龍は小説で人生をゴルフに喩えた。
会社に入社したての夏休みにこの小説を読んだとき、私はほとんど彼のメッセージを理解しなかった。
第1打は皆同じところから打つが第2打を打つ場所は人それぞれである。
いろんな状況を経験して18ラウンドプレーは続いていく。
[PR]
by bingolgo | 2007-04-21 21:08 | 惑い

サントリーオールド

時代が変わっても、変わらないもの、に惹かれる。その心は何なのだろうか?

昨年サントリーオールドが改良され、THEサントリーオールドという名前になった。
少し名前は変わったがサントリーオールドであることには変わりがない。
今テレビのコマーシャルで流れているのは「父の上京編」で、國村 隼氏と伊藤歩さんが共演している。

CMでくりひろげられる物語もいいのだけど、発売以来ずっと変わらない音楽もいい。

哀愁漂うこのメロディについて調べてみると小林亜星さんの曲であることがわかった。
曲名は「夜がくる」 この曲ばかりをアレンジしたCDも発売されていた。

さっそく試聴してみた。
懐かしい。今もCMで流れているのに懐かしく感じるのは何故だろうか?

心にひっかかっている気持ちがとれず、今度はYou Tubeで昔のCMを検索。

恋は遠い日の花火ではない
「喜びがある 悲しみがある 愛がある 顔がある 明日がある サントリーがある

2つめのCMは演奏とともにCMが終わる。この瞬間に「わかった!」と思った。
中学時代に私はFMをよく聴いていて、今は死語となった“エア・チェック”を行っていた。
その中の洋楽専門の番組でSUNTORY OLDのラジオCMが流れていたのだ。

“夜がくる”が最初から最後まで一曲流れ、その間にナレーターが物語を語る。

父親が息子に、お父さんとお母さんの出会いを語る話。
おかあさんはモテていた。
お父さんは東京オリンピックの年に何人ものライバルからお母さんを奪い取って結婚したんだ。お母さんは“俺の女だ”と誇らしく語る。

話の最後がどうしても思いだせないのだが、息子に、好きな女の人ができたら諦めずに最後までがんばれ、みたいなことを言ったような気がする。

当時の私はこういう話をしてくれる父親に憧れていたと思う。
オールドという言葉に込められた重み、歴史。
それは大人の男への憧れだったかもしれない。

年は重ねても自分はいつまでも大人の男には仲間入りできそうにない。
前を向いて生きている限り、立派な大人の男は常に何歩も前を歩いている。
まだまだダメだな~と思いつつオールドを飲むのは似合う年になってきたかもしれないが。

時代が変わっても変わらないもの、それは大人に対する憧れかもしれないなぁと、思う今日。

サントリーオールドの名曲に乾杯。

f0117111_13312356.jpg
CD:人間みな兄弟


押していただけると励みになります
web拍手を送る

[PR]
by bingolgo | 2007-04-15 13:17 | 惑い

バーンアウト症候群

中学時代の体育の先生で「ミスター・スランプ」と呼ばれていた人がいた。
体育の授業中、しょっちゅうため息をついていたのだ。生徒に何かの説明をしている途中にも中断して、「はあぁぁ~」とか「ふうぅぅ~」なんて言っていた。表情にもアンニュイな影を漂わせていた。
今思えばかなり真剣にスランプだったのだろう。
私たちは笑ってみていたが本人は笑い事じゃなかったと思う。
当時先生は30代後半だったから、今は60歳くらいになっているだろう。
スランプは無事脱出したのだろうか?

ふと、この先生のことが頭に浮かんだ。
仕事の合間にため息をついた時に突然、20数年間考えたこともなかった先生のことが浮かんできたのだ。
もしかしたら私もスランプ?と不安になった。

バーンアウト症候群(燃え尽き症候群)という言葉がある。
大きなことを成し遂げた後や、大きなことに失敗した後に陥る状態で、負荷となるものがなくなった後もストレス(負荷)が継続して、やる気がなくなってしまう状態だ。

営業の仕事をしていると定期的に仕事のヤマがやってきて、それをクリアしたり撃沈したりして、プチバーンアウトはよく経験する。
だが、燃え尽きている間もなく、また次の油が注がれて再び燃えないといけないので、あまりバーンアウトを意識する暇がないのが正直なところだ。

ところが、最近このサイクルを繰り返しながらも心のどこかで「これってエンドレスだよなぁ」と少し醒めている自分がいるのだ。
60歳で定年、そこから5年は雇用継続が可能な今の会社においては、あと30年も燃え続けないといけないのだ。
今でも、もう結構働いたよなぁと思うのに、残りは自分が幼少の記憶がおぼろげなときから今日までの長さくらいもあるのだ。

想像しただけでバーンアウトしそうだ。長い・・・長すぎる。

一方、仕事を抜きにすると、あとそれだけ時間をかけてやっとリタイヤってことは、まだまだ人生先は長いなぁ、楽しめるなぁと嬉しくなる。
こちらに対しては燃え燃え症候群なのだ。


今まで仕事に対してはがむしゃらにやってきたけど、今、仕事との付き合い方を考える時期にきているのかなぁと思う。
仕事を通じて自分が成長しないといけないと思う。
仕事で疲弊して、エネルギーからっぽになってはいけないと思う。

記すことは大切だ。
会社生活のゴールが後30年も先だと認識するだけで、もっと楽に進まなきゃという気持になれる。
毎日全速力で走っていてはゴールまでたどり着けない。
すべての責任は自分にあり、と思うのもやめないといけないな。
自分にできることをやっていこう。


20数年ぶりに甦った先生に、おまえも気をつけろよと言われた気がする。
二代目ミスター・スランプにならないように。
[PR]
by bingolgo | 2007-04-10 19:25 | 惑い

失態の連鎖

今日は自分を嫌いになりそうな一日だった。

非常に気を遣う先生からメールが届いた。
かなり厳しい要望が書かれていて私一人で対処できる内容ではなかったので、担当部署の人に相談が必要であると判断した。

「お世話になっております。いつもに増して無理難題なご要望が届きましたがご一読の上、ご指示をいただけますようお願い致します。」

と書き、転送するつもりだった。

が・・・そのまま返信してしまった。

送信ボタンを押した直後に事態に気付きパソコンの主電源を落としそうになったが、トゥーレイトである。最悪の誤送信である。宛先の確認なんてビジネスの基本の“き”だ。


即座にお詫びに向かった。まだ見ていなければ先生が見る前に「間違ってヘンなメール送ってしまったのですいませんすいません。見ないで消しちゃいましょう!」と、もみ消そうと思っていたが、到着すると先生は自分の部屋にして、パソコンに向かっていた。ジ・エンドである。

こちらは顔がひきつっていたが先生は「無理難題みたいですねぇ・・」と笑いながら言う。
事情を説明すると先生は「気にしなくていいよ、対応をよろしく」と。
呆れているのか、すぐに参上したから許してくれたのかよくわからなかったが、とりあえず怒ってはいなさそうなのでホッとした。
多分、頭がからっぽになっていたのだろう。「お邪魔しました」と一礼したあと、ドアを前にすると
コンコンと、ノックしてしまった。


絶望的な失態である。どんな言い訳の理由もみつからないだろう。
先生も「どうぞ」とは言わなかった。息をひそめて私を見ていた。


このあと、しばらくの間立ち直れなかった。
失態は連鎖する。気をつけよう。
[PR]
by bingolgo | 2007-03-13 22:35 | 惑い

人間交差点

「人間交差点」という漫画をご存知だろうか。
課長島耕作で有名な弘兼憲史氏が書いた、80年代の名作である。

私が小学生の頃、仲良かった友達の家に遊びに行くとこの単行本が置いてあった。その子の父親が好きだったのだろう。
パラパラとめくって見たが、コロコロコミックでどらえもんを楽しく読んでいる小学生にとっては暗い感じの絵と話に興味を抱けなかった。
だけど、「人間交差点」という変わった名前と物悲しい雰囲気は心にひっかかっていた。

この本のことはすっかり忘れ、20数年の月日が経ったある日、食事に寄ったお店でこの本を再び目にした。今まで読んでもいないのに、懐かしい感覚に包まれて本を手に取り、読み始める。

どの話も切ない。人間の弱さ、驕り、卑劣さ、愚かさ、それと優しさ。
どんな人にも持ちうる数々のリアルなドラマが繰り広げられていた。

一話読み終わると心を揺さぶられるような不思議な感情が湧いてくる。
この感情はストーリーにではなく、この話を書いている作者へ向かっていた。
どれほどの情念を持ち、これらの作品を描いたのだろう。
作者の魂が宿っている作品群だと思う。
人間って弱いんだよ。だから痛みがわかり優しくもなれる。
そういうメッセージが聞こえてくるようだ。

日々葛藤しながら生きていく中で、自分のことで精一杯になってしまうことがある。
だけど、すれ違う人の誰もみな同じように悩み、弱さ、葛藤を持って生きているし、捨てられない何かを抱えて生きていることだってある。
それに気付かなくなると人に対する優しさを失ってしまうだろう。
優しさも難しい。関わることだけが優しさではない。
人を傷つけることをしない、のように、しない、ということが優しさな時のほうが多いかもしれない。

人間交差点。
人はいろんな思いを持ち、人と交わる。そこでは様々な感情が交錯する。
交差点が青信号でいつも自分の感情が直進優先だと思い込まないように、気をつけたい。


と、この本を読むために週3回カレー屋に通う日々は続く。


リンク:OP企画 人間交差点(アニメ版)
[PR]
by bingolgo | 2007-03-12 23:58 | 惑い